東京地方裁判所 昭和51年(ワ)11218号 判決 1978年10月19日
原告 二村輝雄 ほか一名
被告 国 ほか五名
訴訟代理人 鈴木芳夫 中島尚志 中村均
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告ら
1 被告らは、連帯して、原告らに対し、金一六万円宛並びにこれに対する被告国は昭和五二年二月四日から、同三木武夫(以下「被告三木」という。)及び同竹入義勝(以下「被告竹入」という。)は同年一月三〇日から、同成田知巳(以下「被告成田」という。)は同年二月二日から、同不破哲三(以下「被告不破」という。)及び同春日一幸(以下「被告春日」という。)は同月一日から支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告国、同成田及び同春日
主文第一、二項と同旨
三 被告三木、同不破及び同竹入
(本案前の申立)
1 原告らの本件訴をいずれも却下する。
2 主文第二項と同旨
(本案の申立)
主文第一、二項と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告及び被告らの地位
原告らは、いずれも日本国民で、昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)において東京都第七区の選挙区で選挙権を行使した者である。
被告三木、同成田、同不破、同竹入及び同春日は、いずれも本件選挙の実施以前である第七七回通常国会及び第七八回臨時国会の各会期中に国会議員で、かつ、被告三木は自由民主党の、同成田は日本社会党の、同不破は日本共産党の、同竹入は公明党の、同春日は民社党の各代表者たる地位にあつた者であり、被告三木は同時に内閣総理大臣の地位にあつた者である。
2 公職選挙法一三条、別表第一、同法附則七項ないし一一項の違憲性
本件選挙は公職選挙法一三条、別表第一、同法附則七項ないし一一項所定の選挙区及び議員定数の定め(以下「本件議員定数配分規定」という。)に従つて実施されたものであるが、右規定は、次のとおり、本件選挙の実施以前に日本国憲法(以下「憲法」という。)一四条一項、一五条一項及び四四条但書に反した違憲無効のものであつた。すなわち、
憲法一四条一項、一五条一項、四四条但書は国会議員の選挙における選挙権の平等を規定しているところ、右の選挙権の平等には一人一票制の原則のみならず、各選挙人の投票価値の平等の原則をも含まれるものというべきであるから、選挙人の居住場所(選挙区)の異なることによりその投票価値に不合理な差別を設けることは、憲法の右各条項に違反するものであり、ある選挙区の議員一人あたりの人口数と他の選挙区のそれとの比率に二倍を超える較差があるときには、当該選挙区割及び議員定数の配分を定めた法律の規定は、選挙人の居住場所(選挙区)如何によりその投票価値に著しく不合理な差別を設けているものというべきであり、したがつて、憲法の前記各条項に反する無効なものというべきである。
しかるところ、本件議員定数配分規定によれば、昭和五〇年一〇月一日現在を基準にした議員一人あたりの人口数は、東京都第七区が三七〇、〇六三人、兵庫県第五区が一一〇、七四九人で、その比率は兵庫県第五区を一とすると東京都第七区は三・三四である。また、昭和五一年九月一〇日現在を基準にした衆議院議員一人あたりの有権者数は東京都第七区が二五〇、五三三人、兵庫県第五区が八〇、五四五人で、その比率は三・一一対一である。したがつて、本件議員定数配分規定は、選挙人の居住場所(選挙区)の異なることにより、その投票価値に著しく不合理な差別を設けていることが明らかであるから、本件選挙の実施以前において憲法の前記各条項に反する無効なものであつたというべきである。
3 内閣及び国会議員の違憲な法律の改正法律案発案の義務
ところで、内閣(代表者内閣総理大臣)及び国会議員は国の立法機関である国会に法律案を発案(提出、発議の総称。以下同じ)する権限を有するものであり、ある法律案を発案するか否かは、一般に、立法政策の問題として、その自由裁量の範囲内の事がらであるが、それはあくまで憲法の許容する範囲内にとどまり、違憲の法律が存在するときにこれをそのまま放置することは、自由裁量権の濫用となる。そして、国務大臣及び国会議員は、憲法九九条により憲法尊重擁護の義務を負つているのであるから違憲の法律が存在するとき、あるいは、当該法律が違憲の状態にあるときには、前示法律案発案の権限は義務に転化し、これが改正をするための法律案を発案すべき法的義務を負うに至るものというべきである。
そして、民主政治の根幹をなす国会議員の選挙権について選挙区間における議員一人あたりの人口数の較差が憲法上許容されるのは一対二の比率の範囲内においてのみであること前示のとおりであり、したがつて、内閣及び国会議員の法律案発案の自由裁量権も右の範囲内においてのみ許容されるにすぎないものであるところ、本件議員定数配分規定によれば、兵庫県第五区と東京都第七区間における議員一人あたりの人口数の比率は一対三・三四となり、右規定は本件選挙の実施以前の時点において違憲のものとなつていたこと前示のとおりであるから、被告三木は内閣の代表者ないし国会議員として、同成田、同不破、同竹入及び同春日は国会議員として、いずれも右規定を改正するための法律案を国会に発案すべき法的義務を負つていたものというべきである。
4 被告三木、同成田、同不破、同竹入及び同春日の責任
しかるに、右被告らは、本件選挙の行われる前である第七七回通常国会及び第七八回臨時国会において、内閣の代表者ないし国会議員として、違憲の本件議員定数配分規定を憲法に適合するように改正するための法律案を発案することができたにかかわらず、いずれも故意又は重大な過失により、共同してこれを怠り、後記のとおり、本件選挙において、原告らに不平等な選挙権の行使を余儀なくさせた。したがつて、右被告らは、民法七〇九条、七一九条により、そのために原告らの被つた後記損害を連帯して賠償する責任がある。
なお、右被告らの中にはその属する政党の国会議員数のみでは、国会法上の制約から法律案を発議することのできない者もいるが、その場合でも他党の国会議員と共同して発議することは可能であつたものである。
また、国家賠償法(以下「国賠法」という。)に基づく国又は公共団体に対する損害賠償制度は、被害者たる国民の純経済的な損害の回復のみを目的とするものではなく、公務員の公務執行の適正をはかる趣旨、目的をも有しているものと解されること、本件のような不作為による不法行為が問題になる場合に、当該公務員個人の責任を追求できないとすると、却つて、公務員の職務怠慢を許容することになること、国賠法一条二項の求償権に関する規定は国と公務員の内部関係を規制するものであつて、被害者たる国民との関係をも拘束するものとは解されないことなどにかんがみれば、被害者たる国民は、国又は公共団体に対するものとは別個に、加害者たる公務員個人に対しても直接にその被つた損害の賠償を請求することができるものというべきである。
5 被告国の責任
被告国を除くその余の被告らは、前記のとおり、いずれも内閣総理大臣ないし国会議員として法律案の発案のいう国の公権力の行使にあたる公務員であり、前示のとおり、同被告らが違憲の本件議員定数配分規定を改正するための法律案を国会に発案せず、そのため、原告らに対し後記損害を被らせたのは、その職務を行うについて故意又は過失により違法に損害を加えたものというべきであるから、被告国は国賠法一条一項により、原告らの右損害を賠償する責任がある。
6 原告らの損害
原告らは、前示の如き違憲の本件議員定数配分規定が改正されず、放置されたことにより、本件選挙において、その投票価値に不平等な選挙権の行使を余儀なくされ、憲法上の平等な選挙権の行使を侵害されて著しい精神的苦痛を被つた。右苦痛を慰籍するためには、損害賠償として、原告ら各自についてそれぞれ金一六万円をもつて相当とする。
7 結語
よつて、原告らはそれぞれ被告らに対し、連帯して、前記損害賠償金一六万円宛並びにこれに対する損害発生ののちである被告国については昭和五二年二月四日から、同三木及び同竹入については同年一月三〇日から、同成田については同年二月二日から、同不破及び同春日については同月一日から支払済まで民法所定各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告三木、同不破及び同竹入の本案前の申立の理由並びに被告らの請求原因に対する認否
(本案前の申立の理由)
1 被告三木、同不破及び同竹入関係
原告らの本件訴は、いずれもその主張する請求原因事実自体によつても、原告らと被告三木、同不破及び同竹入との間に具体的な法律関係又は権利義務関係についての紛争が存在し、法令を適用することによつてこれを解決しうる内容を有しているものではないから、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟にあたらない。
したがつて、本件訴はいずれも不適法である。
2 被告竹入関係
(一) 被告竹入は国会議員として、憲法五一条によりその職務行為について免責を保障されているものであるところ、原告らの本件訴は、いずれも憲法の右条項により免責の保障をされている被告竹入の国会議員の職務行為について民事責任を問おうとするものである。したがつて、本件訴はいずれも不適法である。
(二) 原告らの本件訴はいずれも不法行為による損害賠償請求に名をかりて裁判所に違憲審査を求めるものであるが、その主張事実自体によつても、原告らの私法上の権利が侵害を受け、それと被告竹入の故意過失との間に相当因果関係があるものとはとうてい言えない。したがつて、本件訴はいずれも訴訟手続を濫用した不適法なものというべきである。
(請求の原因に対する認否)
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2のうち、本件選挙が本件議員定数配分規定にしたがつて実施されたこと及び右規定による東京都第七区と兵庫県第五区の議員一人あたりの人口数の比率が原告ら主張どおりである事実は認めるが、本件議員定数配分規定が違憲無効なものである旨の主張は争う。
3 同3のうち、法律案の発案が内閣ないし国会議員の裁量に委ねられているとの点を除いたその余の主張はいずれも争う。
4 同4のうち、被告三木らが第七七回通常国会及び第七八回臨時国会の会期中、内閣総理大臣ないし国会議員であつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告三木らに損害賠償責任がある旨の主張は争う。
5 同5のうち、被告国を除くその余の被告らが内閣総理大臣ないし国会議員であつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告国に損害賠償責任がある旨の主張は争う。
6 同6の事実は否認する。
7 同7の主張は争う。
第三証拠 <省略>
理由
一 本案前の申立に対する判断
1 まず、本件訴はいずれも裁判所法三条一項の法律上の争訟にあたらない旨の被告三木、同不破及び同竹入の主張(本案前の申立の理由1)について判断する。
裁判所法三条一項にいう法律上の争訟とは、当事者間の具体的法律関係ないし権利義務関係の存否に関する紛争であつて、法令の適用によつて終局的に解決しうるものをいうと解するのが相当である。
そこで検討するに、本訴請求の趣旨及び原因の事実によれば、本件訴は、いずれも、本件選挙につき東京都第七区において選挙権を行使した原告らが、同選挙実施以前の第七七回通常国会及び第七八回臨時国会の各会期中に内閣の代表者(内閣総理大臣)ないし国会議員として法律案の発案につき一定の権限を有していた被告国を除くその余の被告らに対し、更に同被告らの行為を前提にして被告国に対し、本件議員定数配分規定が憲法一四条一項、一五条一項及び四四条但書に反する状態になつていたのに、被告国を除くその余の被告らが故意又は過失により、右規定を改正するための法律案を国会に発案せず、そのため原告らは不平等な選挙権の行使を余儀なくされ精神的苦痛を被つたとして、具体的な不法行為を理由とする損害賠償を求めるものであり、単に抽象的に法令の効力につき違憲審査を求めたり、あるいは、本件議員定数配分規定の改正行為それ自体を訴求しているものではない。それ故、本件の原告らと被告らとの間には法令の適用により終局的に解決しうる具体的な法律関係ないし権利義務関係の存否に関する紛争があるものといえる。したがつて、本件訴はいずれも裁判所法三条一項の法律上の争訟にあたり、被告三木らの前記主張は採用することができない。
2 次に、本件訴は憲法五一条により免責の保証された国会議員の職務行為について法的責任を問うもので不適法である旨の被告竹入の主張(前同2(一))について判断する。
憲法五一条は、両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない旨規定しているが、右規定は、国会議員の院内における言論活動に対する院外での責任を免れさせることにより、司法権及び行政権からの不当な干渉を排除し、もつて議院の自律性を確保し、国会の機能を十分に発揮させることを目的とするものであるから、免責の対象となる行為は必ずしも演説、討論及び表決にのみ限られず、議員のした職務上の言論活動に一体不可分的に付随して行われた行為もまたその対象になるものと解される、とはいえ右の免責は、国会議員に対する裁判権を排除したり、あるいは訴訟障害事由になるとはいえず、本案請求の当否に関する問題というべきである。したがつて、本件訴はいずれも不適法であるとはいえず、被告竹入の前記主張は採用することができない。
3 次に、本件訴はいずれも訴訟手続を濫用したものである旨の被告竹入の主張(前同2(二))について判断する。
本件訴が不法行為による損害賠償に名をかりて裁判所に違憲審査を求めるものであると認めるに足りる確証はなく、原告らが被告竹入らの行為により私法上の権利の侵害を受けたものであるか否か、また、それと同被告らの故意過失との間に相当因果関係があるものと認めることができるか否かは請求の当否の問題であり、訴訟要件に関する事項ではないというべきであり、他に原告らの本件訴がいずれも訴訟手続を濫用したものであるとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。したがつて、原告らの本件訴はいずれも不適法であるとはいえず、被告竹入の前記主張も採用することができない。
二 被告三木、同成田、同不破、同竹入及び同春日に対する請求についての判断
1 原告らと右被告らとの間において、同被告らがいずれも本件選挙実施以前の第七七回通常国会及び第七八回臨時国会の各会期中に国会議員であり、また、被告三木は同時に内閣総理大臣の地位にあつた者である事実は争いがなく、内閣総理大臣及び国会議員が国政に関する職務を行う公務員であることは明らかである。
2 しかしながら、原告らは、右被告らに対し、国の公権力の行使にあたる公務員たる同被告らがその職務を行うについて故意又は過失により違法に原告らに損害を与えたとして、その損害賠償を請求しているものであるところ、そのような場合には国のみが国賠法一条一項に基づいてその賠償の責を負うものであり、当該公務員個人は、被害者に対し、直接に損害賠償責任を負うものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和三〇年四月一九日判決民集九巻五号五三四頁、同昭和四七年三月二一日判決判例時報六六六号五〇頁参照)。国賠法の定める国家賠償制度が原告ら主張のような機能を果たすべきものであるとしても、国の責任が肯定されるときには、その前提として当該公務員の職務義務違反が確定され、これによつて公務執行の適正を担保する機能も果たされることが明らかであるから、原告ら主張の理由をもつてしては右の見解を変更する要をみない。
したがつて、原告らの被告国を除くその余の被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
三 被告国に対する請求についての判断
1 原告らと被告国との間において、原告らがいずれも日本国民で、本件選挙において東京都第七区で選挙権を行使した者であること、被告三木、同成田、同不破、同竹入及び同春日がいずれも本件選挙実施以前の第七七回通常国会及び第七八回臨時国会の各会期中、国会議員であり、被告三木は同時に内閣総理大臣の地位にあつた者である事実は争いがない。
2 そして、内閣総理大臣及び国会議員が国政に関する職務を行う公務員であることは前示のとおりであり、内閣は国会に対し法律案を提出し、国会議員は法律案を発議する権限を有し(憲法七二条、内閣法五条、国会法五六条参照)、内閣総理大臣は内閣の首長(憲法六六条一項)であり、その代表者(憲法七二条、内閣法五条)として右職権を行使するものであり、国会議員は国会法五六条一項に定める制約の下に右発議権を行使するものである。
3 そこで、法律案発案の権限の行使は一般的には自由裁量行為であつたとしても、当該法律が憲法に違背する状態にあるときには右権限の行使は義務に転ずるものであり、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法一四条一項等の規定に反した違憲なものであつたので、被告三木ら(被告国を除く。以下、本項において同じ。)には内閣の代表者ないし国会議員としてこれを改正するための法律案を発案する義務があつたのに故意又は過失によりこれを怠つた旨の原告らの主張について検討する。
(一) 原告らは、まず、内閣ないし国会議員の法律案発案の権限行使をもつて国賠法一条一項にいう国の公権力の行使に当たるとし、被告三木らの不作為が違法行為を構成する理由として、同被告らの右法律案発案の権限の裁量の範囲を越えた不行使を主張する。
しかしながら、内閣ないし国会議員が法律案を発案する職権を有することは前示のとおりであるが、内閣ないし議員から(ただし、国会法五〇条の二によれば、委員会にも法律案の提出権がある。)法律案が発案されたとしても、これが成立に至るかどうかはまた別個の問題である。それ故、仮に本件において内閣ないし国会議員に本件議員定数配分規定を改正するための法律案発案の義務が認定されたとしても、それのみでは、必ずしも、同規定が改正されて原告ら主張の如き損害が発生するのを回避することができるに至つたはずであるとは言えず、結局、本件において、被告三木らの行為が違法行為を構成する理由としてかような義務の存否のみを問題とするのは不十分というべきである。
しかるところ、法律案の発案も国会における立法手続を組成する一手続行為であるから、原告らが右行為の違法を主張し、投票価値に不平等な選挙権の行使を余儀なくされた旨主張するのは、とりもなおさず、国の公権力の行使にあたる公務員である被告三木らを含む国会議員の全体で構成される。国の唯一の立法機関である国会自体の本件議員定数配分規定不改正の不作為をも対象にし、その違法性をも主張するものと解することができ、以下その前提に立つて検討を進めることとする。
(二) ところで、国会は国権の最高機関で、かつ、国の唯一の立法機関であるところ(憲法四一条)、国会のする立法の要否、内容等は、各時点における広範な政治的、経済的、社会的諸事情等を配慮のうえ、政治的判断を伴つて決せられるものであつて、その事がらの性質上、広範な裁量権を有するものであることは否定しがたい。
しかしながら、憲法は、国の最高法規で、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部はその効力を有しない(九八条一項)ものであり、国民の基本的人権は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする(一三条)ところ、国会議員は憲法尊重擁護の義務を負う(九九条)ものであるから国会、の立法権は全くの無制約な自由裁量に委ねられたものと解することはできず、あくまで憲法を頂点とする現行法秩序の許容する範囲内においてのみ自由裁量たりうるものというべきである。
殊に、選挙権は国民の国政への参加を保障する権利として議会制民主主義の根幹をなし、憲法の保障する基本的人権のうち最も重要なもののひとつであつて、選挙権の投票価値の平等をはかることは、憲法上の要求であると解すべきである。すなわち、選挙区及び議員定数をどのように区分、配分するかは国会の裁量事項であるとしても、国会がその裁量により定めた具体的な選挙区及び議員定数の配分規定によつて選挙権の投票価値の不平等が直接もたらされている場合であつて、その不平等が憲法(同法一四条一項、一五条一項、三項、四四条但書)上許容される限度を超えているのにかかわらず、国会がその是正措置を講ずるために通常必要と考えられる合理的期間内に右是正のために立法権を行使しなかつたときには、その不行使は違法、違憲なものというべきである。
ところで、本件において、原告らの被告国に対する請求は、国賠法に基づく損害賠償請求権の主張であり、後記認定のとおりその要件の一つである故意又は過失の存在が否定されるものである以上、本件議員定数配分規定が違憲であるかどうか、また、国会が、本件選挙までの間に、選挙区間の議員一人当りの人口数の較差を是正する立法をしなかつたことを違憲、違法なものというべきかどうかについての具体的判断はこれをなすべき要をみないものというべきである。
(三) そこで、本件議員定数配分規定の下において原告らの選挙権の投票価値が違法、違憲に侵害されたとして、これにつき被告三木らを含む国会議員の多数に故意又は過失があつたかどうかにつき考察する。
(1)(イ) まず、本件議員定数配分規定によると、昭和五〇年一〇月一日現在を基準にした議員一人あたりの人口数は、東京都第七区が三七〇、〇六三人、兵庫県第五区が一一〇、七四九人で、その比率は、兵庫県第五区を一とすると東京都第七区は三・三四(倍)である事実は、原告らと被告国との間において争いがない。
また、<証拠省略>によると、昭和五一年九月一〇日現在を基準にした東京都第七区の衆議院議員一人あたりの有権者数は兵庫県第五区のそれの三・一一倍になることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
(ロ) 次に、<証拠省略>によると、昭和三九年までの衆議院議員一人あたりの人口数の最高と最低の選挙区間の較差は三・二一倍であつたが、同年の公職選挙法の一部改正によりそれが二・一九倍に縮小されたこと、しかし、その後の大都市を中心とする急激な人口の移動に伴い、各選挙区間において議員一人あたりの人口数に相当の不均衡が生じ、昭和四五年国勢調査によれば、議員一人あたりの人口数が最高の大阪府第三区と最低の兵庫県第五区との較差は約四・八三倍になつていたこと、かくして、その後昭和四九年に至り、国会は公職選挙法改正調査小委員会を設置して衆参両院の定数是正問題等を検討し、昭和五〇年四月、内閣から第七五回通常国会に公職選挙法の一部改正法律案が提出され、衆参両議院での審議、議決を経て同年七月三日に公職選挙法の一部を改正する法律(昭和五〇年法律第六三号)が成立したものであり、その結果、それまでの東京都第七区は新たに同第七区と同第一一区とに分割され、議員一人あたりの人口数では、最高の東京都第七区と最低の兵庫県第五区との較差が約二・九二倍に縮小されたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そして、その後の同年一〇月一日現在の人口数を基準にした東京都第七区と兵庫県第五区との議員一入あたりの人口数の較差は三・三四倍となり(この点は当事者間に争いがない。)、前よりやや拡大したが、弁論の全趣旨によれば、右数値(人口数)は、前示改正法が成立したのちに施行された昭和五〇年一〇月の国勢調査の結果によるものと認められる。
なお、公職選挙法別表第一の末尾には、本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」と定められているが、前示改正法(昭和五〇年法律第六三号)一条但書によれば、同法中、定数是正に関する附則二項、七項及び八項の改正規定は次の総選挙から施行する旨規定されていたものであり、本件選挙は右にいう次の総選挙にあたるものである。
(2) 議員定数配分規定による選挙区間の議員一人あたりの人口数の較差が三倍前後となる場合、右規定を憲法一四条等に違背するものと解すべきかどうかは、わが国が以前から採用してきた中選挙区制を維持する前提に立つかぎり民意の効果的反映をはかる等のために考慮する必要がある行政区画、選挙区の面積、地域的一体性、交通事情、住民構成等のいわゆる非人口的要素をどの程度重視すべきかによつて異なつた結論となるものであることは、これによつて終局的判断権をもつ裁判所の見解が分れている(東京高等裁判所昭和五一年(行ケ)第一五一号同五三年九月一一日判決、同昭和五二年(行ケ)第八号同五三年九月一三日判決)ところからも明らかであり、本件選挙当時まで右の点について最高裁判所の判断は示されていなかつた。
(3) 国民は、参政権のひとつとして、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有する(憲法一六条)ものであり、適式な請願は各官公署においてこれを受理し、誠実に処理しなければならないとされる(請願法五条)ところ、原告ら及びその他の国民が、本件議員定数配分規定について、前示昭和五〇年七月三日の改正法成立後、第七七回通常国会及び第七八回臨時国会を経て、昭和五一年一二月五日に実施された本件選挙までの間に、選挙区間の議員一入あたりの人口数の較差をより少ないものにすることを求めて国会(国会法七九条ないし八二条)又は内閣に請願をしたとの事実は、本件において、これを窺い知るに足りる資料がない。
(4) すでに述べたとおり、議員定数配分規定によつて国民の選挙権の投票価値の不平等が憲法上許容される限度をこえていると判断される場合には、国会は合理的期間内にその是正措置を講ずべき義務を負うものであるところ、右の判断はもとより国会の自律的判断によるべきであり、裁判所の終局的判断を待つてなされるべき事がらでないことはもとよりである。しかしながら、以上認定した事実関係の下においては、本件議員定数配分規定が違憲の状態にあるかどうかについては、相当な根拠をもつた相反する見解が存しうるところであり、その判断は必ずしも即座に明快には決し難いところであり、しかも、本件議員定数配分規定は本件選挙の実施される前年に改正されたものであり、その後に行われた国勢調査の結果新たな人口較差が明らかとなつた時点より本件選挙までには一年に満たない期間しか存しなかつたことが推認され、かつ、その間に右規定の再改正を求める請願もなかつたことなどを総合して考えると、昭和五〇年法律第六三号による公職選挙法の改正当時から本件選挙までの間、被告三木らを含む国会議員の多数が、本件議員定数配分規定が違憲の状態にあるものと判断せず、これを是正するために立法権の行使をしなかつたとしても無理からぬところであり、したがつて、原告らの選挙権が違憲、違法に侵害されたとしても、これらにつき被告三木らを含む国会議員に故意又は過失があつたものとはいえない。
4 そうすると、原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。
四 結論
以上述べたとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宇野栄一郎 柴田保幸 榎本克巳)